大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和53年(行ツ)62号 判決 1982年4月22日

上告人

医療法人仁医会

右代表者理事

鹿野協亮

上告人

鹿野協亮

右両名訴訟代理人

岡宏

被上告人

岩手県知事

中村直

右指定代理人

石川和雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人岡宏の上告理由について

都市計画区域内において工業地域を指定する決定は、都市計画法八条一項一号に基づき都市計画決定の一つとしてされるものであり、右決定が告示されて効力を生ずると、当該地域内においては、建築物の用途、容積率、建ぺい率等につき従前と異なる基準が適用され(建築基準法四八条七項、五二条一項三号、五三条一項二号等)、これらの基準に適合しない建築物については、建築確認を受けることができず、ひいてその建築等をすることができないこととなるから(同法六条四項、五項)、右決定が、当該地域内の土地所有者等に建築基準法上新たな制約を課し、その限度で一定の法状態の変動を生ぜしめるものであることは否定できないが、かかる効果は、あたかも新たに右のような制約を課する法令が制定された場合におけると同様の当該地域内の不特定多数の者に対する一般的抽象的なそれにすぎず、このような効果を生ずるということだけから直ちに右地域内の個人に対する具体的な権利侵害を伴う処分があつたものとして、これに対する抗告訴訟を肯定することはできない。もつとも、右のような法状態の変動に伴い将来における土地の利用計画が事実上制約されたり、地価や土地環境に影響が生ずる等の事態の発生も予想されるが、これらの事由は未だ右の結論を左右するに足るものではない。なお、右地域内の土地上に現実に前記のような建築の制限を超える建物の建築をしようとしてそれが妨げられている者が存する場合には、その者は現実に自己の土地利用上の権利を侵害されているということができるが、この場合右の者は右建築の実現を阻止する行政庁の具体的処分をとらえ、前記の地域指定が違法であることを主張して右処分の取消を求めることにより権利救済の目的を達する途が残されていると解されるから、前記のような解釈をとつても格別の不都合は生じないというべきである。

右の次第で、本件工業地域指定の決定は、抗告訴訟の対象となる処分にはあたらないと解するのが相当であり、これと同旨の原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、独自の見解に立つて右判断の不当をいうもので、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(中村治朗 団藤重光 藤﨑萬里 本山亨 谷口正孝)

上告代理人岡宏の上告理由

第一点 控訴裁判所は、憲法第一三条、第二五条、第二九条第一項、第三一条に違反した判決をしている。

一、原審は、上告人らの請求に対し、都市計画法第八条第一項より定める用途地域の決定自体の効果として、建築制限等の効果が発生するのではなく、建築基準法等の法律上の制限によつて生ずるものであるから、用途地域の決定自体によりその地域内の土地建物の所有者等の権利に具体的変動を及ぼすものではないとし、該地域内における建物の新築増築等の不許可処分がなされた場合に、はじめてその理由として、用途地域決定の瑕疵を主張することができ、それによつて救済方法としては充分である、と述べている。

二、しかし、一旦用途地域決定がある以上、当該土地所有者が、建物の新、増築の建築確認申請をしても却下になることは明らかであり、その後において当該行政処分に対し抗告訴訟をすることができたとしても、その主張が認められるか否かは未知数であり、仮に認められるにしても長年月を要することも公知の事実である。

三、建築確認申請をするには、素人には全く不可能であるといつてよく、専門家に依頼せざるをえないものであるが、近年は殊に建築法規は複雑を極め、防災、完全設備についても厳格に規定されているので、建物の構造のみならず付属施設についても詳細な設計図面を添付して提出しなければならず、そのためには莫大な設計料を要することも明らかである。

四、而して、莫大な設計料をかけて建築確認申請をしてみたところで却下されることは明白であり、その後、抗告争訟になつて結論をみるまでには多年月を要し、仮にその権利主張が認められたとしても、設計そのものが旧式となつたり、建築主の事情によつて、申請建物が、その形のままでは当初の目的を達することができず、結局建築をあきらめなければならない事情に立至る蓋然性が高く、究極的には、その権利は無きに等しいものになる。第一、土地所有者が都市計画法に準拠する用途地域によつて制限される建築基準法に適合しない建物確認申請を、設計事務所に依頼しても、許可官庁である建築主事と常に密接な関係にある設計事務所としては、そのように一見明らかな違反設計による確認申請には絶対に協力してくれない。原判決は、未だ訴訟事件としてとりあげるのに足るだけの事件の成熟性に欠ける、というのであるが、実情を無視した甚だしい暴論といわなければならず、そもそも事件が、成熟に至る萌芽さえ摘取つているのであつて都市計画法と建築基準法の直截的構造を無視したものと評されなければならない。

五、被上告人は、本件土地が工業地区に指定されても、総面積の二〇%の範囲内での増改築が容認されていることをもつて、本件処分が違法に欠ける根拠の一つとしている。成程、建築基準法第四八条、第八七条第三項第二号を受けて、同法施行令第一三七条の一〇第二項第三号は、基準時におけるその部分の床面積の合計の一、二倍を超えない場合は増築をしうるものとしている。しかし、それによつても土地所有権者の権利制限を阻却することにはならない。

六、上告人の敷地は、公簿上合計一三、八八七m2(四、二〇〇坪)であるが、実質五、〇〇〇坪近くある。上告人は、この土地上に建築面積一、九七五m2二八(延べ面積三、四一五m2四三)の病院建物を所有し、他は患者の運動場として使用していた。上告人は、かねてその敷地の一部に体育館を建設して、雨天又は冬期の患者の運動の用に供したいと企図していたが、資金の都合で延び延びになつていた。

(一) 第一審に、事件継続中の昭和五〇年はじめころから体育館建設の企画が具体化し、上告人らは設計事務所に四二八m2の体育館の設計を発注した。同年末ころ基本設計ができた段階で設計事務所から、建築基準法に触れる虞れがある、との疑義が述べられ、上告人は既定方針どおり設計するよう再三依頼したにも拘らず拒否された。

(二) 当時の病院建物の延べ面積は三、四一五m2四三であつたが、昭和四八年に増築した管理棟(診療室等)部分が二五九m2三八あり、その増築確認申請が下りたのが、本件工業地域指定告示の半月後である昭和四八年五月一五日であつたことから実測の結果、基準時(昭和四八年五月一日)の延べ面積は、三、一六五m2〇五とされ、その二〇%である六三三m2〇一が法施行令第一三七条の一〇第二項第三号に定められた制限であり、すでに基準時後二五九m2三八が増築されているので、これを差引くと三七一m2六三が増築許容床面積であることを主張して譲らず、上告人らも建築を何時までも遅延するわけにもいかなかつたので終に折れ、原設計を縮小して三五三m2七〇として申請し、昭和五一年四月一五日建築確認を受けた。

(三) したがつて出来上つた体育館はバスケット、バレー用に設計はしているが、コートのエンドラインから壁まで一メートル位しかなく所期の目的を達成できないのみか、便所も器具収容室もなく病棟に通ずる廊下も建築できないので、雨天体操場としての使用にも事欠く有様である。

七、加之、本件工業地域指定処分以来、周囲の環境は、とみに悪化し、騒音は激しくなり、危険おそれのある工場等が進出して精神病院としての機能を全うすることがむつかしくなつてきている。上告人らは、治療に必要な作業場の建設も計画しているが、このまま放置すれば、精神病患者の治療にも著しい障害が現われることは必至であつて、やがては病院移転の必要も出て来るが、患者と家族との接触が最良の治療だとされている特殊性から考えると、辺ぴな所に移転するわけにもいかない。工業の振興も国にとつて重要であることは言をまたないが、昭和四七、八年当時の列島改造論にみられる工業優先の政策は、現在では見直されて福祉政策の必要が説かれている現今、本件行政処分には著しいカシがあつたと考えないわけにはいかない。

八、原判決は、本件処分が特定の個人に対してなされる処分でなく、ある一定の範囲の地域を、ある種の用途地域に定めたにすぎないとし、用途地域の決定自体の効果として発生する権利制限とはいえないとしているが、都市計画法による用途地域決定自体が直結している建築基準法による制限を伴うものであり、建築基準法所定の確認申請の不許可処分のあつた場合のみさかのぼつて地域指定処分の効力を争うことしかできないことは迂遠であつて、裁判を受ける権利を不当に制限したものである、といわなければならない。上告人らの訴を却下した原判決は、国民の自由を認めた憲法第一三条、私有財産権を認めた同法第二九条第一項、生活権を認めた同法第二五条、法定手続を認めた同法第三一条に違反し、破棄を免れない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例